館長室より

館長室より >> 記事詳細

2017/02/28

如月

Tweet ThisSend to Facebook | by y001
霞城公園の雪が一気に融け、地面が顔を出し春らしさが感じられるようになりました。

 
   ふと足元を見ると、オオイヌノフグリが咲いていました

 先日、カーラジオを聴いていると「シベリア出兵」という言葉が耳に入りました。大正7(1918)年の出来事です。
 山形県立博物館がある霞城公園は、かつて歩兵第三十二連隊の駐屯地であり、公園内にはその記念碑やお堀端には往時を偲ばせる道標が残っています。
 第三十二連隊は明治29(1896)年、秋田に本部が置かれ、日露戦争後(1904年)、山形に転営しています。第八師団の隷下に入り、主に地元出身者から構成された部隊は、日露戦争・シベリア出兵に従軍しています。第八師団というと「八甲田雪中行軍遭難事件」(明治35(1902)年)が思い浮かびます。陸軍がロシアとの一戦は避けられないと対露戦を準備する中での悲劇でした。

 
 

 さて、今年も通勤途中に地吹雪のため、車を一時停止しなければならない時が数回ありました。また、先月末、日本に一番近いヨーロッパ、ウラジオストクに行きシベリアからの大陸風を体感してきました。寒さは厳しいが乾燥しているせいか雪は少ないところでした。雪は日本海を通過することで私たちの地に降り積もるのだと納得できました。
 空港到着後に目に入る車は日本製が圧倒的に多く、中には幼稚園の送迎バスや保冷車など、漢字表記が残ったものもありました。
 2012年APEC開催を機に莫大な投資が行われ、近代的な都市建設が進行していました。 シベリア鉄道の東方の始発駅とウラジオストク港を抱え、さまざまな民族が行き交う活気溢れる街でした。市場には、凍った状態の魚が無造作に積み上げられていました。
 ロシア海軍太平洋艦隊本部もあり、多くの歴史的なモニュメントの中、第2次大戦関係のものが散見できました。アルセーニエフ博物館にもロシア革命や幾多の戦争に関わる展示がありました。日本では、終戦記念日以外に戦争に触れる機会は少なく、平和な生活があたりまえのようにあることに改めて気付かされます。
 日本語を学んでいるホテルのフロントの女性や子連れで食事をしていた自動車関係の仕事をする男性に話しかけられ、最近、日本人が増えているという情報などを知ることができました。また、TVの気象情報では、クリミア併合後、当然の如く、併合地の都市がロシア領内に組入れられて報じられていました。
 昨年末の日露交渉の報道に触発されて読んだ『現代語訳 榎本武揚 シベリア日記 』(平凡社ライブラリー)から多くのことを学びました。千島・樺太交換条約締結後の1878年、ロシアの実情を知るために、馬車や船で2カ月余りかけてシベリアを横断し帰国を果たす榎本武揚の日記ですが、ウラジオストクでの記載が欠けています。日本に帰れる喜びで一杯だったのかな、と想像してしまいます。本当に「平和」って大切ですね…
   近所のねこもなにやら忙しそうです

      平和って大切だにゃ
12:00