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2016/06/01

伝えられた雅

Tweet ThisSend to Facebook | by y001
山形県立博物館では
企画展「京(みやこ)と山形の交流―伝えられたやきもの―」を開催しています。

ご存知の通り、山形は最上川と日本海の舟運を通して全国、特に上方(京・大坂)とつながっていました。
山形の紅花や青苧を始めとする特産品は他の地域で盛んに流通し、帰りの舟で各地の特産品が山形にもたらされました。

今回の展示会では江戸時代末期から明治時代にかけて山形にもたらされ、
大切に伝えられてきた優美なやきものを中心に展示しています。
なんと!初公開です!!

    会場は第3展示室です!
    ※会場内は写真撮影禁止です。ご了承ください。

江戸時代、最先端の文化の発信地は京都でした。
山形で代々医業をなりわいとした細矢家(明治以降は細谷に改名)の江戸時代後期の人で、細矢玄俊という人物がいました。彼は京都で医学の修業を行いました。京都での修業中、医学だけでなく、様々な文化に触れ、多くの人々と交流しました。山形に戻ってからも、優美な陶磁器を集めて大切に使っていたようです。

大事にしていたやきものには、京都の京焼や九州肥前地方の有田焼、中国(明~清)の磁器などがあります。10枚あるいは20枚といったセットで箱に大切に納められています。当初の組み合わせのまま伝わっていること自体がたいへん珍しいのです。当時の京都で好まれた組み合わせと共通する部分があるそうです。
玄俊の一族の風翁・米山・度外といった人物も、京都へ遊学し、身につけた最先端の文化を山形に伝えました。細矢家の人々が幕末から明治にかけての山形の文化をリードしたのです。

展示資料を紹介します!

    色鮮やか☆
    何を盛りつけたのでしょう?

    優美な上にかわいらしいですね♪
    最先端の文化を伝えるアイテムとしての食器・茶器の数々です。

   向かって左の絵を描いた細矢風翁は
   京都で清河八郎や坂本龍馬らと交流したそうですよ。
    
   山形のお殿様にいただいた盃なんですって!

     すてきなやきものがたくさん!!    
     雅がわかる者になりたい


期間中には、展示解説会や、記念講演会などが開催されます。
   くわしくは こちら

6月26日(日)までの開催です。いつもの企画展よりも短い開催期間となっています。
お見逃しなく!!


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