館長室だより(平成24年度)

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2012/08/05

8月の窓

Tweet ThisSend to Facebook | by y0000
 7月末は、最高気温が35度以上の猛暑日が続き、8月上旬も暑さは続くという予報がありました。しかし、8月7日は二十四節気の立秋にあたり、暦の上では秋ということになります。この暑さで秋を感じることなどはできないと言う人も多いと思いますが、俳人の長谷川櫂さんは「日本人が古くから培ってきた季節感とは、一言でいうと季節を探ることでした。」と言っています。つまり、まだ暑いうちに秋を探り、寒いうちに春を探るということで、立秋といっても確かにまだ暑いが、その暑さの奥にかすかな秋の兆しを探り出すのだそうです。

   秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
   風の音にぞ おどろかれぬる

 これは、古今和歌集にある藤原敏行の歌ですが、日本人の鋭敏な季節感を象徴するものと言われています。また、立秋の日が旧暦の7月7日前後にあたり、七夕は俳句では秋の季語となっています。芭蕉の俳句にも七夕と秋の関係を詠んだものがあります。

   七夕や 秋を定むる 夜のはじめ

 さて、今年は山形県にとって「○○20周年」というのがいくつがあります。県立博物館にとっては、国宝に指定される「縄文の女神」が出土したのが平成4年8月なので、ちょうど20年目にあたり、県内全域で開催された「べにばな国体」からも20年になります。さらに、山形新幹線も開業20周年を迎えました。
  これを記念して、JR東日本は、「沿線スマイルプロジェクト」を行うことになりました。7月1日、米沢から新庄へ向かう新幹線つばさに搭載されたカメラから、沿線で県民が手を振る様子を撮影し、インターネットなどを通じて山形の元気を全国に発信するというものです。県立博物館は、山形駅からすぐ近くにありますので、当日職員数人が山形駅西の線路近くに行き、縄文の女神のパネルを持ちながら手を振ることにしました。写真は、パネルとのぼり旗を準備しているところと、新幹線に手を振っているところです。動いている列車の写真を撮るのはタイミングがむずかしく、シャッターを押すのが早すぎて、うまく撮れませんでした。その後、新幹線開業20周年を記念して山形駅西口広場で開催されていた「仙山交流味祭inやまがた」の会場へ行き、博物館の企画展「豊穣と祈り」のPRをしてきました。3枚目の写真がその時のものです。そこにいた「じゅっきー」くんと「ウサヒ」ちゃんも協力してくれました。パネルの左側にいるのが先月紹介した「べにばな国体」のマスコットキャラクターたいきくんの息子「じゅっきー」くん、左側にいるのが朝日町の観光PRキャラクター「ウサヒ」ちゃんです。



 7月14日には、國學院大學名誉教授の小林達雄先生を講師にお招きして、企画展「豊穣と祈り」の記念講演会を行いました。小林先生は、新潟県出身で、文化庁文化財調査官などを歴任して、國學院大學教授に就任され、新潟県立歴史博物館の館長も務められました。現在は、國學院大學名誉教授、新潟県立歴史博物館名誉館長として、また縄文文化研究の第一人者として活躍中であります。先生は、縄文人の世界観から土器文様を読み解くなど従来にない視点から問題提起をされておりますが、当日は多くの方が講演会に来てくださいました。用意した椅子も足りなくなり、急遽博物館にある椅子全部運んできて何とか全員に座っていただくことができました。縄文時代や土偶に興味があり、小林先生の講演を聞きたいと思っている方が、こんなにたくさんおられることに驚き、そして感激しました。写真は、熱心にメモを取りながら講演を聞いている人たちと、フロアに降りてお話されている小林先生です。講演後の質問もたくさんあり、時間の関係で、途中で打ち切らせていただくことになりました。


  7月には、土偶「縄文の女神」に関するものを、いくつか寄贈していただいたので、紹介します。まず、舟形町からは、舟形町で作った大型のクリスタル像とパネルをいただきました。豊岡副町長が、わざわざ博物館へ持ってきてくださいました。博物館でも、高さ約15センチと約8センチの2種類のクリスタル像を販売していますが、今回いただいたものは高さが約25センチもある大きいものです。パネルも額の高さ75センチ、幅60センチもあり、さっそく館長室の壁に飾らせていただいております。写真では、壁の右側にかけてある背景の青いものがいただいたパネルです。また、郵便局株式会社からは、国宝指定を記念して作成した「縄文の女神」記念切手をいただきました。舟形郵便局の千葉局長や古口郵便局の八鍬局長ら4人の方が来館し、写真のようなフレーム切手を寄贈してくださいました。新庄・最上と北村山及び西村山の郵便局で1500部販売するそうです。


 最後に、本館で展示しているものとして、今月は「ヤマガタダイカイギュウ」を紹介します。
 このヤマガタダイカイギュウを発見したのは、小学6年生の2人でしたが、その時の様子を博物館の元館長・錦啓先生が、山形新聞のコラムに書いておられたので、一部引用させていただきます。

 1978(昭和53)年8月。この年の夏は日照りが続き、雨水が少なくどこも渇水に見舞われた。大江町を流れる最上川も例外ではなく川床だった岩盤が干し上がり、陸地のような有様となった。夏休みのある日、好奇心に満ちた左沢小学校6年の2人の少年がこの岩盤を歩き回った。2人は化石化した大きな動物の骨らしきものをみつける。
 この情報はやがて県立博物館にもたらされる。多くの地元の協力者を得て緊急に発掘されることとなった。博物館では当初クジラの化石ではないかと考えていたが、調査によっておよそ800万年前の、世界的にも貴重な新種の海牛化石であることが判明する。この化石は「ヤマガタダイカイギュウ」と命名された。(山形新聞4月24日「気炎」より)

 1978年は私が教職に就いた年で、この年の夏は、酒田市で最高気温40.1度を記録するなど、とても暑かったことを今でも覚えています。異常渇水で広く露出した川床の岩盤を歩き回っていた小学生が、すごい発見をしたということです。海牛の仲間で今も生存している動物にジュゴンやマナティーがいますが、草食の哺乳動物で人魚伝説のモデルとも言われています。
 山形県はこの化石の重要性を認め、1992(平成4)年、天然記念物に指定しました。博物館の第1展示室を入ったところに、復元した全身骨格や、産出された時の模型などを展示してあります。次の写真は、その全身骨格と、ボランティアガイドさんの説明を聞いている小学生です。


 先ほど引用した錦先生のコラムは、実は「釣りキチ三平」で有名な漫画家矢口高雄さんの作品「御座の石」について書かれた文章の一部だったんです。錦先生のお父さんは、クモの研究などで有名な錦三郎先生で、錦元館長は、お父さんの研究を通して矢口さんと知り合うことになったのです。そして、たまたまヤマガタダイカイギュウの発見の経緯を知った矢口さんが、釣りキチ三平を主人公にして漫画化したのが「御座の石」という作品だったのです。このへんのいきさつについては、別の機会に紹介したいと思います。最後の写真が、「御座の石」です。博物館に来てまもなく、私も購入しました。
 

 
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