館長室だより(平成24年度)

館長室だより >> 記事詳細

2012/05/01

5月の窓

Tweet ThisSend to Facebook | by y0000
 「4月の窓」で、霞城公園は桜の名所と紹介しましたが、今年は低温のため桜の開花が平年よりかなり遅くなりました。4月中旬から、館長室のすぐ前にある桜の木を毎日見てきましたが、23日(月)にやっと開花したとの報道がありました。

 ただ私の観察では、一番早いのは21日(土)につぼみが開き24日(火)に三分から五分咲き程度となり、25日(水)には満開に近い状態となりました。写真は、その順に撮ったものです。




 霞城公園の中には、いろんな植物がありますが、桜の開花が遅れたこともあり、いろんな花の共演もみられました。
  桜と梅が一緒に見られたり、桜とサンシュユ(山茱萸)が並んで咲いていたりするところもあります。さらに、同じ梅の木に、紅梅と白梅が咲いているものもありました。
また、満開になったサンシュユを山形新聞でも紹介していましたが、「見ごろは5月中旬まで続く」という本館の職員のコメントも載っていました。
  
  この文がホームページに載る頃は、霞城公園の桜も散っていると思いますが、サンシュユはじめいろんな木や花がありますので、近くの方はぜひ見に来てください。
次の写真は、サンシュユが咲いているところです。同じ梅の木に、白い梅と赤い梅があるのがわかるでしょうか。



 こどもの日の5月5日は、今年は立夏にあたります。山形ではやっと春らしくなったのに、俳句の世界ではになります。
 春の最後を表す季語として「春深し」というものがあります。「秋深し」はよく知られていますが、「夏深し」や「冬深し」もあるそうです。詩人の大岡信さんは、ある俳句の雑誌で次の俳句を紹介していました。


春深く ケセランパサラン 増殖す

 (ケセランパサランは白粉(おしろい)を食フ虫なりといふ)


 この句は作家でもある真鍋呉夫さんの句で、ケセランパサランが増殖するという晩春に詠まれたものです。
 ケセランパサランはケサランパサランとも言われ、江戸時代以降の民間伝承上の謎の生物とされ、正体は明らかでなく動物の毛玉や植物の花の冠毛などいくつかの説があるそうです。
 クラゲの展示種類数が世界最多としてギネス記録に認定された鶴岡市の加茂水族館では、ケサランパサランと思われる物体を展示しており「ワシなどの猛禽類がウサギなどの小動物を食べた際に排出される毛玉(ペリット)である」と説明されている、との記述もありました。




 この俳句を取り上げたのは、実は、本館でもケサランパサランを展示しているからなのです。写真は、2階の第3展示室前にあるケサランパサラン(テンサラパサラ)です。次のような説明がありました。
 旧温海町(現鶴岡市)の山あいの家では、家宝として受け継がれているそうです。2月から3月にかけて、神社や深山のたもとに天からまいおりてくるそうです。拾った人は一生幸福に恵まれ、家族も健康で暮らすことができると言い伝えられています。立派な桐箱に食べ物のオシロイを入れ、呼吸ができるように穴をあけて納め、神棚にまつって大切に守り続けています。   

 なお、本館で展示しているものは、実験により再現したものとの断り書きがありました。

 

 私が博物館に勤務してこの1か月の間に、大きなニュースがありました。やまはくブログでも紹介しているのでご存知の方も多いと思いますが、4月20日、本館が所蔵する「西ノ前遺跡出土土偶」国宝に指定されることになったのです。
 この土偶は、平成10年に重要文化財に指定されていましたが、重要文化財とは、日本にある絵画、彫刻、工芸品、考古資料、建造物などの有形文化財のうち、特に重要なものを国民の財産として後世に伝えるため、国(文部科学大臣)が指定するものを指します。そして、重要文化財の中でも特に優れたもの、学術的に価値の高いものが国宝に指定されます。

 今回、文化審議会が、「縄文時代の土偶造形のひとつの到達点を示す優品として代表的な資料であり、学術的価値が極めて高い」ことを理由に、国宝に指定するよう文部科学大臣に答申したものです。
 山形県内の国宝としては6件目ということで、博物館の職員にとっても嬉しいことであり、県民にも明るい話題を提供してくれたと思っております。

 国宝に指定された理由は今述べたとおりですが、私個人としては、約4500年前という縄文時代の中期につくられたことと、均整の取れた美しさにあるのではないかと思っております。



 国宝に指定されることが決まったのは20日(金)の夕方でしたが、その日の午前や午後にも小学校と中学校の児童・生徒たちが見学に来て、この土偶に見入っていました。もちろん国宝に指定されることは知りませんが、小学生や中学生をもひきつける何かがこの土偶にはあるのだと思います。
 写真は、解説員の説明が終わった後も、土偶を見ながらメモを取っている近隣の小学校の児童と、宮城県から来てくれた中学校の生徒さんです。

 
 この報道があった後で、おかげさまで本館への問合せと、本館ホームページのアクセスが大幅に増えました。
「今実物を見ることができるのか」という質問が多いのですが、5月末まで東京国立博物館「平成24年新指定国宝・重要文化財展」へ実物を貸し出しているところです。
しかし、実物と変わらないレプリカ(複製品)を常時展示しているので、そちらを見ることができます。
5月末には山形に戻り、6月8日~10日まで、この土偶が出土した舟形町で実物を展示することになります。

 そして本館では、6月30日(土)~9月17日(月)まで、企画展「豊穣と祈り」で、「西ノ前土偶」をはじめ、全国的に有名な土偶を展示いたします。
国宝の実物を展示いたしますので、ぜひご来館くださるようお願いします。

 

 5月17日~6月17日までは、企画展「山形師範学校-教育県やまがたの歩み-」を開催します。

 明治11(1878)年に創設された山形師範学校は、戦後の学制改革により山形大学教育学部に移行するまで、約70年間にわたる歴史をたどりましたが、山形師範学校の卒業生は本県教育の中核的な存在として活躍し、また、本県における新教育の推進を担ってきました。
 この企画展では山形師範学校に焦点を当て、「教育県」といわれた本県教育の変遷を振り返り、学校と教育の意義を歴史的な視座から捉えなおす機会とするものです。

 
 このように書くとむずかしそうに聞こえますが、明治40年頃、山形師範学校の学生が、すでにサッカーをしていたことも紹介し、当時のユニフォーム姿の写真も展示する予定です。
 また、(1)を私たちは「いちかっこ」と言い、「いちまる」と言うのが普通ですが、全国的にはそれぞれ「かっこいち」や「まるいち」と言うのが一般的なのは、テレビでも紹介されました。
 さらに「内ズック」「大判用紙」も山形独自の表現で、全国では別の言い方をすることも紹介しています。
 山形以外では何と言うのか、なぜそのように言うようになったのか、興味のある方はぜひおいでください。

 
09:00