館長室より

館長室より >> 記事詳細

2017/08/25

「土偶ばらばらの謎」

Tweet ThisSend to Facebook | by y0000
 当館には、国宝の土偶「縄文の女神」が展示してあります。平成4年に舟形町「西ノ前遺跡」で発掘された時には、6mの範囲に頭、胸、腰、両足の5つにわかれて発見されましたが、幸い欠けている部分がなく、美しい完全な姿でよみがえりました。
西ノ前遺跡からは、その他にも多くの土偶の破片が発見され、それらは「国宝附(つけたり)」として、「縄文の女神」とともに本館に展示してあります。


 ところが、それらの破片は、どう組み合わせてみても、完全な形としてつながったものはありませんでした。土偶は作られた後、縄文人がわざと壊してばらばらにして、広範囲に埋めたという説があります。ですから、展示してある「縄文の女神」は破壊を逃れた奇跡の土偶でもあります。
 なぜ一生懸命に心をこめて作り上げた土偶を縄文人たちはばらばらにしたのか。その答えを示唆してくれる講演を聞くことができました。8月5日、「縄文の女神」の故郷舟形町に、「西ノ前遺跡公園女神の郷」が開園されました。これを記念して、民俗学者の赤坂憲雄先生の講演がありました。その中で、「古事記」に次のような物語があるというお話をされました。
 オオゲツヒメという神様がスサノオノミコトに、体のあちこちの穴から食べ物を出してご馳走していたが、スサノオノミコトにその場面を見られてしまい、こんな穢れたものを食べさせていたのかと、殺されてばらばらにされてしまった。ところが、ばらばらになったオオゲツヒメの体から、麦などの人間にとってありがたい穀物が生えてきた。というお話です。南洋の国々にもそれと似たような言い伝えが多く残っているのだそうです。
 ですから、縄文人たちは、土偶をバラバラにして、広くばらまくことによって、五穀豊穣を願った可能性があるというお話をうかがいました。
 先生のお話を聞いて、日本全国の多くの土偶が接合不可能の状態で見つかるということは、日本全国にこの意識が共有されていたということですし、その意識が何千年もの間受け継がれて、古事記の記述になったのかもしれないと思いました。
 ばらばらになった土偶の意味と、逆にそうならなかった「縄文の女神」の特別な意味に思いを馳せた講演会でした。

15:08