第2展示室 山形の大地に刻まれた歴史
 

山形のあけぼの

 飯豊町上屋地B遺跡から発掘された約4万年前の人類が残した石器や、国宝に指定されている日本最大の土偶「縄文の女神」などを展示しています。



写真:国宝「縄文の女神」

写真:国宝展示室
 

ひらかれる出羽国

 奈良時代のはじめ、712(和銅5)年に出羽国が誕生した後は、開拓が進められました。
 開拓に使われた道具や古代農民の足跡などを展示しています。

写真:土師器
 

武士の動き

写真:若松寺神馬図絵馬 平安時代末から戦国時代にかけて、武士は守りを固めた館に住んで地域を経営し、地域の人々の生活に重要な役割をはたしました。

 武士の生活を表わす資料や、領内の神社や寺院へ奉納した大きな懸仏や絵馬などを展示しています。


 

藩政と庶民のくらし

 江戸時代のはじめごろの山形県はそのほとんどが最上義光(もがみよしあき)によって統治されました。その後最上氏が改易になると、現在の山形県の範囲は米沢・上山・山形・鶴岡・新庄等の諸藩領と幕府領に分かれました。
 戦国時代から江戸時代初期までの古文書や、発掘された山形城の瓦などを展示しています。
 

城下町のくらし

 各藩の城下町は計画的に整備されました。城内には有力な家臣が住み、城下の目抜き通りには商人たちが店をかまえ、職人たちは職種ごと集まって町を形成し、山形は商業の中心地として栄えました。
 県内の城下絵図や商売の事務をとる帳場、職人の使用した道具などを展示しています。
 

村のくらし

写真:紅花絵巻

 山形では米をはじめ、染料や口紅の原料として全国的に有名であった紅花、織物素材となる青苧(あおそ)や絹糸、ロウをとる漆などの商品作物が生産されました。最上紅花は高級品として上方や江戸では高値で取引されました。青苧は奈良や北陸に送られ織物になりました。

 村で使われていた道具や、紅花に関する資料などを展示しています。

 

最上川のにぎわい

 最上川は流通の大動脈であり内陸と港町酒田をつなぎ、さらには日本海船運を通して広く全国に結びつく重要な交通路でした。米・紅花・青苧(あおそ)・たばこなどの特産物が京・大阪、江戸へ送られ、塩・砂糖・古手(綿織物)・絹織物・雛人形などがもたらされました。
 最上川舟運に使われた小鵜飼舟の模型や道具、大石田河岸のパノラマ模型や最上川絵図などを展示しています。
 

三山信仰の道

 出羽三山は古くから霊山として人々のあつい信仰を集めました。江戸時代には、白い行衣姿の三山参りの人々が、丑年を中心に全国から集まりにぎわいました。人々は陸路や最上川から三山に向かい八方七口と呼ばれた参詣道から山頂を目指しました。帰路には家内安全や豊作を祈るお札をいただきました。
 当時のにぎわいを表わす湯殿・月山・羽黒三山一枚絵図や角(つの)大師の絵札、参詣者の衣装などを展示しています。
 

米づくりとそのこころ

写真:農家のいろりばたのジオラマ 山形県の稲作は、農民のたゆまぬ数々の努力によって、今日に至っています。そして、豊かな稔りを求めながら労働に励むなかで、庭田植えのような予祝行事や田の神まつりなどの民俗行事、田植え踊りなどの民俗芸能が生み出されました。
 農家のいろりばたのジオラマや県の有形民俗文化財のニセミノ(主にイネを背負うための背中あて)などを展示しています。