館長室より

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2021/09/02

感染拡大防止特別集中期間

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 新型コロナ感染症への対応として、山形県では、9月12日までを「感染拡大防止特別集中期間」としました。人流の抑制と施設の利用に関する感染防止のため、県立博物館については、「同一時間帯に見学する学校を調整」となりました。
 これまでも、当館では、来館人数の制限に加え、来館者のマスク着用、入館時の検温や手指の消毒をお願いし、また職員による館内設備や器具等の定期的な消毒作業なども行っています。皆さまにはご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

 ところで、4月25日、東京都などに3回目の緊急事態宣言が出され、政府の要請で当該の博物館は長期の休館となりました。その期間中、5月26日、公益財団法人日本博物館協会は、都倉俊一文化庁長官や小池百合子東京都知事らに要望書『博物館が持続的に社会的役割を果たすために』を提出しました。要望書の中で、博物館の役割について、以下のように述べました。

「博物館は人々の日常生活に不可欠な社会教育施設です。博物館は、宇宙や地球、生物、そして人類の足跡を収集・保管し、調査研究によって情報化し、社会に発信し、今を生きる人々と共有し、未来を考える糧として活用し、新たな感性を育み、次世代に生きる人々に大切に受け継ぐことを目的とする施設で、今を生きる人の幸せと未来を考える縁(よすが)として、欠くことのできない社会基盤です。…(中略)… 博物館は、人々の日常生活の中で開かれた状態でその役割を果たすことにより、今般のコロナ禍という困難な社会状況の中でも、不確実な今後への不安に満ちた時代に生きる人々に対し、前向きに生きるために必要な感動や安らぎを得る場を提供し、さらに新たな創造につながる情報を提供することで、安定した感情の維持や知的活動の充実を助け、「心の健康」の維持を支援することができます。」

 このように、博物館の活動や利用は、決して不要不急ではないと訴えています。博物館は、人々の日常生活には欠かせない社会基盤です。私自身、改めて当館の果たすべき社会的役割について、再確認したところです。引き続き、コロナ感染予防ガイドラインを遵守し、来館者の安全確保を最優先にしながら、皆さまに新たな楽しみと学びを提供できるよう博物館の運営を行ってまいります。


10:15
2021/07/01

大之越古墳と環頭大刀

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 山形県立博物館における考古部門の展示物と言えば、誰しもが国宝の土偶「縄文の女神」を思い浮かべると思います。国宝であり当館随一の目玉であるため、考古部門の他の展示物は、どうしても「縄文の女神」の陰に隠れてしまいがちです。しかし、「縄文の女神」以外にも、当館には山形県の宝がたくさん収蔵・展示されています。そのうち、今回は「大之越(だいのこし)古墳」から出土した「環頭(かんとう)大刀」をご紹介します。

 5世紀後半~末の築造と考えられる大之越古墳は、直径約15m程の円墳で、山形盆地の南西部に位置する山形市門伝地区にあり、古墳の西方約500m先には、ピラミッドのような富神山がそそり立っています。富神山は石が豊富で、大之越古墳や東北地方最大級の埴輪をもつ円墳の菅沢2号古墳(大之越古墳より東南東へ約1,200m)などに使用されています。
 昭和53年(1978年)、道路工事中に石棺が露出し、そこから40点余りの鉄製品を含む豊富な副葬品が出土したことは驚きをもって伝えられました。その中で最も注目された副葬品が環頭大刀です。全長約95cmで、刀部は約73 cm、茎部は約22 cmで、グリップエンドに環状の装飾が付いています。環頭には鳳凰が表され、口ばしには金象嵌(象嵌:素材の表面に、他もしくは同種の材料を嵌(は)め込む技術)が施されています。このような貴金属で装飾を施した「装飾付大刀」は、多種多様なものが日本列島に流通しており、大之越古墳の環頭大刀は、製作技法と装飾の特徴から、朝鮮半島南部の百済もしくは伽耶での製作と考えられるそうです。(なお、日本列島で装飾付大刀の製作が本格化するのは6世紀後半とされており、562年の大伽耶の滅亡により工人集団が渡来したのが一因との説があります。)そして、環頭大刀は日本列島に舶載され、当時の中央政権(ヤマト政権)から大之越古墳に葬られることになる人物に与えられたのではないかと思われています。
 『大之越古墳発掘調査報告書』(山形県教育委員会/1979年)では、ヤマト政権においても第一級の宝器とみなすことができる環頭大刀のほか多数の副葬品があったことから、大之越古墳に葬られた人物とヤマト政権は、単なる文化の交流を越えた関係であり、ヤマト政権がかなり影響力をもって環頭大刀や刀剣などを賜与したという政治的な結合であったと推測しています。
 古墳時代において、日本海側の古墳の北限は山形県に当たり、だいたい庄内地方から山形盆地を結ぶラインとされています。これをヤマト政権の強い影響力が及ぶ北限と考えると、大之越古墳に葬られた人物は、東北地方への進出をもくろむヤマト政権と密接に結びつき、最前線に立って重要な役割を担っていた山形盆地の首長とは考えられないでしょうか。大之越古墳の環頭大刀は、当時のヤマト政権と山形をグローバルかつダイナミックに結び付けてくれます。
 当館では、環頭大刀のほかに、全長約84 cmの鉄剣、全長約82 cmの鉄刀、鉄鏃(やじり)16本などを常設展示しています。ぜひご覧いただき、時を超えて当時の山形の姿に思いをめぐらせていただければと思います。


※ 大之越古墳の環頭大刀の図版については、下記アドレスからご参照ください。
   http://www.yamagata-museum.jp/archives/treasures/dainokoshi_kofun/

※ 現在の大之越古墳の様子。下の写真の中央が富神山です。(令和3年6月27日撮影)




<参考>
・『大之越古墳発掘調査報告書』(山形県教育委員会/1979年)
・橋本英将「大之越古墳出土の環頭大刀について」(山形県立博物館『出羽国成立以前の山形』2011年)
・金宇大「刀剣から読む古代朝鮮と倭」(古代歴史文化協議会『第4回古代歴史文化講演会 資料集』2019年)


09:37
2021/06/03

附属学習園「琵琶沼」

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 今年度の特別展「1971 ―やまはく誕生物語― 」を8月29日(日)まで開催しております。開館した当時の時代や世相を振り返りながら、山形県の宝を後世に伝える施設として県立博物館が誕生した瞬間にせまる内容です。さまざまな工夫を凝らして企画しました。多くのご来館をお待ちしております。

 県立博物館には、附属施設として自然学習園があり、自然学習の場を提供しております。場所は山辺町畑谷の「県民の森」にあり、「琵琶沼」を中心に開設しております。
 この一帯は、クリ、ミズナラ、アカマツなどの林に覆われ、琵琶沼にはホロムイソウ、ヒメカイウといった氷河期からの生き残りと言われる植物があり、動物では両生類のクロサンショウウオ、モリアオガエルや、昆虫類のなかではアオイトトンボ、ハッチョウトンボなど20種類以上を産しており、貴重な生態となっています。このように自然のままの姿が残され、貴重な動植物が分布している湿原であることから、昭和53年(1978年)に県の天然記念物に指定されました。
 また琵琶沼を含む周辺は、白鷹山の山麓の海抜約600メートルに位置し、畑谷大沼をはじめ荒沼、曲沼など数十か所の湖沼群があります。もともと白鷹山の主峰は、現在よりも北に中心があり、今より標高も高い火山であったと考えられています。それが山体崩壊が発生し、さらに地すべりなども起きながら、現在の地形が形成されていったようです。西黒森山、白鷹山、高森山からなる稜線は、カルデラの地形を示しており、琵琶沼からは西~南側になります。
 このような環境のもと、自然学習園は、動植物や地形など自然系における豊かな学習を提供する場所です。特別展「1971 ―やまはく誕生物語― 」の記念イベントとして、琵琶沼周辺での自然観察イベントを企画しました。6月19日の「大人の遠足 夏山歩」は、申込定員を満たしたため締め切っておりますが、6月26日の「自然学習会」は、6月8日からの申込みを受け付けます。ご期待ください。

(令和3年5月9日に撮影した琵琶沼です)
 ※今回の館長ブログは、山形県立博物館『平成6年度 琵琶沼緊急調査報告書 -地学・動物-』(1995年)を参考にしております。


14:03
2021/05/04

当館と耐震

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 4月27日から開館を再開し、ようやく皆さんをご案内できるようになりました。多くの来館をお待ちしております。

 5月1日の午前、宮城県沖を震源とする地震が発生し、山形市では震度3を観測いたしました。その時間、本館では来館の方を幾人かご案内しておりましたが、本館及び分館ともに被害等は確認されず、程なく開館を継続できました。
ところで、今年で開館50周年を迎えました本館の設計については、米沢市出身で昭和初期から日本国内の建築設計で活躍された山下寿郎氏の設計事務所が担当されました。山下氏については、当館職員の山口真研究調査専門員「山形県立博物館の建設物としての特徴と設計者・山下寿郎」(『山形県立博物館研究報告』39号/2021年)にまとめられております。ここから紹介しますと、山下氏は、本館の他に、霞が関ビルやNHK放送センター、本県では現在の山形県庁舎や山形銀行本店など多くの設計に携わりました。本館が設計された当時は、手計算による構造計算をしており、そのこともあって耐震などの要求を満たすため、本館の構造躯体はかなり余裕をもって設計されたようです。実際、躯体の重厚さは目でも伺い知れます。このおかげもあり、5月1日の地震において、震度3ほどの揺れは、正直感じなかったところでした。
なお、6月5日より開催する特別展「1971 -やまはく誕生物語-」は、開館した1971年の出来事に関する展示を行いますが、その中で、山下寿郎氏も取り上げますので、ご期待ください。

一方の分館は、明治34年(1901年)建築で、ルネサンス様式を基調とした木造二階建ては、揺れによるねじれを考えた造りとなっております。例えば、内部の天井や床は、斜めの板張りにしておりますが、筋交いの効果を持ち構造躯体の強化にも役立っているといわれております。天井と床の両方とも斜めというものは、ほかに例を見ないようで、見た目にも美しい板張りです(斜めにすることでコストは約倍になるそうです)。ぜひお越しいただいて、直にご覧ください。分館も見どころが満載です。


16:03
2021/04/18

4月

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 今年度、博物館長を拝命いたしました。よろしくお願いいたします。

 梅の花に迎えられた着任から、瞬く間に桜が満開となり、今は一面タンポポが広がっております。日々、春の移ろいが実感できるのですが、一方、展示室は時間が止まり、展示物はまるで眠っているかのようです。現在、当館は山形市を対象とする緊急事態宣言にともない、感染拡大防止対策として、令和3年4月25日(翌26日は休館日)まで臨時休館しております。ご不便をおかけしております。

 現在は「第3回やまはくセレクション展」を開催している期間であり、本来であれば、常設展と合わせて、みなさまをご案内しているところであります。セレクション展は、博物館活動の重要な柱の一つである「資料の収集・調査」の成果の一端をご紹介するもので、県民のみなさまに新たに寄贈いただいた資料や整理を終えた収集資料の中から興味深い資料を選んで展示いたします。今回は、総数100点以上を展示しており、このうち、昨年5月に惜しまれつつも閉店した山形市の老舗漬物店「丸八やたら漬」から寄贈された資料は初めての展示であります。ご期待いただきたいと思います。

 スタッフ一同、臨時休館が明け、みなさまをご案内できることを心待ちにしております。もう少しの間、お待ちいただけますようよろしくお願いいたします。



博物館の南側で撮影した日本タンポポです。(4月16日)

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